オレオレ詐欺やSNS投資詐欺の「電話の向こう側」は、いまや東南アジアの巨大な”詐欺工場”であることが珍しくない。2026年6月、米司法省(DOJ)はこの詐欺産業に対する新しい形の反撃、「Disruption Week(ディスラプション・ウィーク)」の成果を発表した。政府機関と大手IT企業が同じテーブルにつき、わずか1週間で数百万のアカウントを停止に追い込んだこの作戦は、日本にとっても決して対岸の火事ではない。本記事では、その活動内容・実績、そして日本との関係を解説する。
Disruption Weekとは何か
米司法省「スキャムセンター・ストライクフォース」が主導
Disruption Weekは、米司法省のもとに設置された「スキャムセンター・ストライクフォース(Scam Center Strike Force)」が主導した、サイバー詐欺・暗号資産詐欺対策の官民合同イニシアチブだ。同ストライクフォースは、コロンビア特別区連邦検事ジャニーン・ピロ氏が、米国人を狙う東南アジア発の暗号資産投資詐欺に対抗するために立ち上げた組織で、これまでにも詐欺拠点が使う偽投資サイトのドメイン差し押さえや、中国系国際犯罪組織からの5億8,000万ドル超に上る暗号資産の押収などの実績を重ねてきた。
2026年5月18日〜21日、ワシントンで開催
今回のDisruption Weekは2026年5月18日から21日にかけてワシントンで開かれた。FBI、シークレットサービス、国土安全保障捜査局(HSI)の連邦捜査官が、東南アジアにある具体的な詐欺標的に関する情報を民間企業の担当者に直接提供。各社はその情報と自社データを突き合わせ、自社の利用規約に違反して詐欺行為を行っているアカウントやインフラを自主的に特定・遮断した。
参加した企業と各国の捜査機関
民間からの参加企業の顔ぶれは豪華だ。Apple、Coinbase、Google、Meta、Microsoft、SpaceX(Starlink)に加え、脅威インテリジェンス企業のSilent Push、ブロックチェーン分析のTRM Labs、ネットワーク企業のZenlayerが名を連ねた。とりわけMetaはイベントの調整役として中心的な役割を果たしたとされる。
法執行機関側も米国だけではない。オーストラリア連邦警察、カナダ詐欺対策センター、ニュージーランド警察、タイ王国警察、英国家犯罪対策庁(NCA)が参加し、まさに多国籍の包囲網が形成された。
何が「破壊」されたのか――Disruption Weekの実績
140万超のアカウント停止と詐欺インフラの解体
米司法省の発表によれば、Disruption Weekの主な成果は次のとおりだ。
- 140万を超えるSNS・メールアカウントにまたがる犯罪活動の遮断
- 詐欺グループがホストする悪性IPアドレスの通信・ネットワーク接続の遮断
- 東南アジア全域で詐欺ネットワークに使われていたサーバーやホスティングインフラの停止
- 複数の詐欺師・詐欺プラットフォームの特定と、訴追に向けた米当局への照会
- タイ王国警察による詐欺師7人の逮捕と、同警察のアンチ・サイバースキャムセンター(ACSC)による新規事件の立件
期間中に遮断されたアカウントは、東南アジアを拠点とする国際組織犯罪グループが米国人を騙すために使っていたものだ。さらに政府側の情報提供により、民間側は被害金のマネーロンダリングに関与していた380万ドル超の暗号資産を凍結した。Coinbase単独でも、犯罪ネットワークに直結する300万ドル超の暗号資産を凍結したと公表している。
「米国のインフラを詐欺師に使わせない」という発想の転換
従来の詐欺対策は、犯人の摘発と資金の差し押さえという「事後対応」が中心だった。Disruption Weekが画期的なのは、詐欺グループが事業基盤として依存している米国のインターネットインフラ――SNS、メール、通信回線、サーバー――そのものから締め出すという「事前破壊」の発想に立っている点だ。ピロ連邦検事は、国際的な詐欺師やその背後にいる中国系犯罪組織に米国のインターネットインフラを使わせず、米国企業が傍観することも許さないという姿勢を打ち出している。
逮捕者の数だけを見れば7人と小さく見えるかもしれない。しかし、詐欺拠点にとってアカウントとインフラは「商売道具」であり、数百万単位でそれを失うことは事業継続への大きな打撃となる。FBIのカシュ・パテル長官も、詐欺師たちに「コストを課す」ためにあらゆる手段を使うと強調した。
シリーズ化する官民合同作戦
実はこの取り組みは一度きりのイベントではない。2025年12月にはタイ・バンコクでパイロット版の「Joint Disruption Week」が行われ、Metaのプラットフォームから5万9,000のアカウント・ページ・グループが削除され、6件の逮捕状発付につながった。2026年3月の第2回ではさらに規模が拡大し、Metaが詐欺拠点に関連する15万超のアカウントを停止、タイ警察による21人の逮捕という成果を上げている。今回の5月のDisruption Weekは、この「破壊の反復」をワシントンに舞台を移して行ったものと位置づけられる。
標的となった「詐欺工場」の実態
東南アジアに広がるスキャムセンター
作戦の標的は、ミャンマー、カンボジア、ラオスなどに点在する大規模詐欺拠点、いわゆる「スキャムセンター(詐欺団地)」だ。法の支配が及びにくい地域に建設された施設群では、偽の求人で集められた人々が、ロマンス詐欺や暗号資産投資詐欺(恋愛感情や信頼関係を築いてから投資に誘導する、いわゆる「豚の屠殺」型詐欺)の実行役として働かされている。
ミャンマー東部の最大級拠点「KKパーク」に半年間拘束されていたという男性の証言によれば、8人部屋で寝起きしながら毎日16時間ロマンス詐欺に従事させられ、ノルマを達成できなければ暴行を受けたという。そして彼が証言するように、標的には日本人も含まれていた。
国際的な摘発の連鎖
スキャムセンターへの包囲網は2025年以降、急速に狭まっている。ミャンマー軍事政権は2025年10月にKKパークを破壊し、翌月には別の大規模拠点「シュエコッコ」も一掃。カンボジア政府も190カ所の拠点を封鎖し、約1万1,000人の労働者を国外退去させた。2026年4月末には、FBI・ドバイ警察・中国公安部の異例の三者連携により、9カ所の詐欺拠点が解体され少なくとも276人が逮捕されている。Disruption Weekは、こうした物理的な摘発と並行して進む「デジタル面の解体作戦」と言える。
日本にとって他人事ではない理由
日本人の被害額は年間3,241億円に急増
Disruption Week自体は米国人を狙う詐欺が対象だが、同じ詐欺エコシステムは日本人も大規模に標的にしている。日本人を狙う特殊詐欺・SNS型詐欺の被害額は2025年に計3,241億円(暫定値)に達し、前年の1.6倍に膨れ上がった。東南アジアの詐欺拠点では約30万人が活動しているとみられ、被害は日米英いずれでも深刻化している。
手口も急速に進化している。カンボジア・ポイペトの拠点を巡る事件では、かけ子がAIで生成した偽画像を使って警察官になりすまし、ビデオ通話で日本の被害者に詐欺電話を繰り返していたことが愛知県警の捜査で判明した。
日本人が「実行役」として送り込まれる問題
日本固有の深刻な問題が、日本人自身が詐欺拠点の労働力にされていることだ。カンボジアでは2025年だけで50人以上の日本人が詐欺拠点で拘束された。ミャンマーの拠点からは日本の高校生2人が相次いで保護され、社会に衝撃を与えた。タイ警察はミャンマーの詐欺拠点に1万人以上の外国人がおり、20人以上の日本人が含まれるとの情報もあるとみている。
国内では、借金を抱えた日本人を「かけ子」としてカンボジアに送り込んだリクルーターの逮捕も出ており、外務省はSNSやオンラインゲームで知り合った相手からの海外求人に応じない よう注意喚起を続けている。
日本も国際連携の輪に加わっている
そして重要なのは、日本がこの国際連携の枠組みにすでに参加していることだ。2026年3月にバンコクで行われた第2回Joint Disruptionには、米英やタイに加えて日本、韓国、シンガポールなどの機関が参加し、日本のメッセージアプリLINEの代表者も議論に加わった。米国発の「政府×ビッグテック」モデルが、日本の当局・企業を巻き込みながらアジア全体に広がりつつある。
FAQ(よくある質問)
Disruption Weekは誰が主催したのですか?
米司法省のスキャムセンター・ストライクフォースが主催し、コロンビア特別区連邦検事ジャニーン・ピロ氏と司法省刑事局が中心となって運営した。FBI、シークレットサービス、HSIの捜査官が情報提供を担った。
どんな詐欺が標的だったのですか?
東南アジアのスキャムセンターを拠点とする、暗号資産投資詐欺やロマンス詐欺だ。SNSやマッチングアプリで接触して信頼関係を築き、偽の投資サイトに誘導して資金を騙し取る手口が典型で、米国では被害者の老後資金が丸ごと失われるケースが社会問題化している。
逮捕者が7人というのは少なくないですか?
Disruption Week単体での逮捕はタイでの7人だが、この作戦の主眼は逮捕ではなく「インフラの破壊」にある。140万超のアカウント停止やサーバーの解体は、詐欺グループの営業基盤を直接奪う打撃となる。また一連のJoint Disruptionや国際摘発全体では、タイでの21人逮捕、ドバイ・中国との連携による276人逮捕など、検挙の成果も積み上がっている。
日本人の被害も防げるのですか?
直接の保護対象は米国人だが、停止されたアカウントやインフラは日本人を狙う詐欺にも使われ得るもので、間接的な効果は期待できる。さらに日本の機関やLINEが参加した2026年3月の合同作戦のように、日本を含む形での連携も始まっている。日本でも2025年の被害額が3,241億円に達するなか、こうした国際枠組みへの本格参加が被害抑止の鍵となる。
個人でできる対策はありますか?
SNSやマッチングアプリで知り合った相手からの投資勧誘は、どれほど親密でも詐欺を疑うことが第一だ。「必ず儲かる」「あなただけ」という誘い文句は典型的な危険信号となる。また、海外の高収入求人を安易に信じて渡航しないことも重要だ。不安があれば警察相談専用窓口(#9110)や外務省領事サービスセンターに相談してほしい。
まとめ
米司法省のDisruption Weekは、政府が捜査情報を開示し、Apple、Google、Metaなどのビッグテックが自社プラットフォームから詐欺師を一斉に締め出すという、前例のない官民合同作戦だった。140万超のアカウント停止、詐欺インフラの解体、380万ドル超の暗号資産凍結という成果は、「逮捕」中心の従来型対策から「事業基盤の破壊」への転換を象徴している。
その標的である東南アジアの詐欺産業は、日本人から年間3,241億円を奪い、日本の若者までも実行役として飲み込んでいる。日本もすでに国際連携の輪に加わり始めたが、30万人規模ともされる詐欺産業との戦いは始まったばかりだ。Disruption Weekは、この戦いにおいて「国境を越えた官民連携こそが最大の武器になる」ことを示した事例として、今後の日本の対策を考えるうえでも注目に値する。
※本記事は2026年6月時点の米司法省発表および各種報道に基づいています。