2026年4月、高知県の70歳代女性が警察を名乗る電話に騙され、1300万円を宅配便で送りつけてしまった。現金を受け取ったのは、中国籍と台湾籍の外国人2人。逮捕時にはすでに東京のホテルに潜伏していた。
この事件で注目されたのが「ヒットアンドアウェー型」という手口だ。短期滞在で来日した外国人が受け子を担い、犯行後すぐ帰国する。警察庁の調査では、こうした外国人関与の特殊詐欺摘発件数が前年比3倍に膨らんでいる。なぜ高齢者が狙われ、なぜ宅配便で現金を送らせるのか。手口の全体像と、家族を守るための対策を整理する。
高知で何が起きたのか?今回の事件の概要
2026年4月、高知県警高知署が発表した逮捕事案は、特殊詐欺の「受け子」を外国人が担うという近年急増するパターンの典型例だった。
被害の流れは、1本の電話から始まった。
被害者は70歳代女性——どんな電話がかかってきたのか
被害者の女性のもとに、警察などをかたる人物から電話が入った。「あなたの口座が犯罪に使われている」「財産を保全しなければならない」といった内容で、女性を不安な心理状態に追い込んでいったとみられる。
こうした電話は、冷静に聞けば怪しいと気づける内容だ。しかし相手はプロの詐欺師で、声のトーンや言葉の選び方まで計算されている。焦りと不安を植え付けることで、被害者の判断力を奪うのが最初のステップだ。
1300万円を宅配便で送らせた経緯とは
犯人グループは女性に対して、現金を宅配便で指定の住所へ送るよう指示した。高知から東京へ、1300万円が荷物として送り出された。
「現金を宅配便で送る」という行為は、通常の感覚では異常に見える。しかし騙されている状態では、「これが正式な手続き」と信じてしまう。不安と焦りを煽られた状態では、普段なら気づける違和感を見落としやすくなる。
中国籍・台湾籍の容疑者はなぜ東京のホテルにいたのか
高知県警は2026年4月17日、台湾籍で住居不定・無職の29歳の容疑者と、中国籍で東京都板橋区在住の自称大学院生・25歳の容疑者を詐欺容疑で逮捕した。2人は荷物の受け取り役、いわゆる「受け子」とみられている。
台湾籍の容疑者は「荷物を受け取るよう頼まれただけ」と否認。中国籍の容疑者は「金が入った荷物を受け取ったことは間違いない」と認めつつも、関与の詳細については否定している。受け子は犯行の末端にいるが、被害者と直接接触する重要な役割を担っている。
「ヒットアンドアウェー型」詐欺とは何か?
ニュースで使われた「ヒットアンドアウェー型」という言葉には、この手口の核心が詰まっている。犯行後に素早く逃げ切る設計が、最初から組み込まれているのだ。
短期滞在で来日して素早く逃げる——その仕組み
ヒットアンドアウェーとは、ボクシングで素早く打って離れる戦術を指す言葉だ。詐欺における意味も同じで、来日・犯行・帰国を短期間で完了させることで、捜査の網をかいくぐるという手口を指す。
受け子役の外国人は、短期観光ビザ(査証免除)で入国する。滞在期間中に指定された場所で現金や荷物を受け取り、すぐに出国する。逮捕されるリスクを最小化した役割分担だ。
なぜビザ免除国の外国人が使われるのか
警察庁のまとめによると、摘発された外国人59人のうち、マレーシアが34人、中国・台湾が22人と大半を占める。マレーシアや台湾は短期滞在のビザが免除されている地域だ。
ビザなしで来日できるため、入国手続きが簡単で追跡もされにくい。犯罪組織にとっては、末端の実行役を手軽に調達できる環境が整っている。
受け子・現金運搬役はSNSでどのように集められるのか
SNSなどで「日本で物を運ぶ仕事がある」と勧誘し、報酬と引き換えに来日させるケースが確認されている。勧誘された人物の中には、犯罪と知らずに関与してしまうケースもある。
受け子の役割が8割(50人)を占め、残りは現金運搬役などだった。組織は末端の実行役を使い捨て可能な「消耗品」として扱っており、国際的に人材を調達する仕組みが出来上がっている。
「匿流(トクリュウ)」との関係とは?
今回の事件の背景にある組織として、警察庁が注目しているのが「匿流」と呼ばれる犯罪グループだ。
匿名・流動型犯罪グループとはどのような組織か
匿流とは、固定したリーダーや組織名を持たず、SNSなどで集まった人物が役割分担して犯罪を実行する、実態の見えにくいグループのことだ。従来の暴力団組織とは異なり、指揮命令系統が明確でないため、末端を逮捕しても上部に辿り着きにくい構造になっている。
中国系の匿流の一部が、日本国内での現金回収手段としてヒットアンドアウェー型の手口を活発化させているとみられている。
東南アジアの詐欺拠点摘発との関係
近年、タイやミャンマー、カンボジアなど東南アジア各地に存在していた詐欺拠点が、国際的な捜査によって相次いで摘発されている。こうした拠点の縮小を受け、現金回収の手段を変えた組織が日本に目を向けているとみられる。
国連やICPOの報告書によると、こうした拠点では毎年、地下銀行などを通じて数百億ドル規模の資金洗浄が行われていたとされる。摘発により拠点が失われた後も、組織は活動を続けるための別の手段を模索している。
なぜ日本に矛先が向いているのか
日本が狙われる理由のひとつは、高齢者の資産規模と、詐欺への心理的脆弱性だ。警察への信頼が高く、「警察を名乗る相手の言うことは聞かなければ」という心理が逆用されやすい。
加えて、現金での保有比率が高い世代が多いことも影響している。デジタル決済が普及していない層をターゲットにすることで、現金を直接奪いやすい環境がある。
警察・金融機関を装う詐欺の手口とは?
今回の事件は「ニセ警察詐欺」に分類される手口だ。どのような言葉で被害者に近づき、1300万円を送らせるまでに持っていくのか。その流れを整理する。
最初の電話でどんな言葉で信用させるのか
犯人側は「あなたの口座が詐欺事件に使われている」「このまま放置すると逮捕される可能性がある」といった言葉で話を始めることが多い。
本人に全く身に覚えがなくても、「もしかして」という不安が生まれた瞬間から、相手の誘導に乗りやすくなる。「警察手帳の番号」「捜査員の名前」など、それらしい情報を提示することで信ぴょう性を高める手口も使われている。
宅配便で現金を送らせる理由はなぜか
銀行振込ではなく宅配便で送らせるのには、理由がある。銀行の窓口やATMでは、高額の振込や出金の際に行員が声がけをして被害を防ぐケースが増えているためだ。
現金を荷物として送らせれば、金融機関による阻止が難しくなる。また、荷物の受け取り場所をホテルなどにすることで、受け子が逃げやすい環境も作られている。
「リレー方式」で現金が運ばれる流れ
受け取った現金は、1人が直接組織に渡すのではなく、複数人を経由する「リレー方式」で運ばれることが多い。これにより、組織の上部と末端の実行役が直接つながらない構造になっている。
警察が受け子を逮捕しても、その先の人物に辿り着きにくくする仕組みだ。組織が「消耗品」として受け子を調達し続けられる背景には、この構造がある。
なぜ70歳代の高齢者が狙われるのか?
今回の被害者は70歳代の女性だ。特殊詐欺の被害者に高齢者が多い理由は、単純に「騙されやすい」からではない。
騙されやすい心理的メカニズム
詐欺師は、相手の「不安」「焦り」「恥ずかしさ」を同時に引き起こすことで、冷静な判断を妨げる。「家族には言わないように」「誰にも話してはいけない」という指示が加わることで、相談相手を断ち切られる。
人は孤立した状態で不安を抱えると、目の前の「解決策」に飛びつきやすくなる。これは年齢に関わらない心理的な性質だが、情報収集の手段が限られる高齢者では特にリスクが高まる。
「警察を名乗る」手口が特に高齢者に効く理由
今の70〜80代にとって、警察や公的機関は「信頼すべき存在」として刷り込まれている世代だ。「警察から電話がかかってくることはおかしい」という感覚よりも、「警察の言うことに従わなければ」という反応が先に出やすい。
犯罪者はこの世代固有の価値観を逆用している。「逮捕されるかもしれない」という言葉が加わると、恥ずかしさや焦りが重なり、冷静な判断がさらに難しくなる。
一人暮らしや家族と離れて暮らす高齢者のリスク
今回の事件でも「家族には話すな」という指示があったとみられている。電話の相手を疑い始める前に、「まず誰かに相談する」という選択肢を奪われてしまう。
すぐに相談できる家族や隣人がいない環境は、詐欺被害が長引きやすい条件のひとつだ。地域のつながりや、日常的な家族との会話が、実は大きなリスク軽減になる。
同様の被害が全国で急増している理由とは?
今回の高知の事件は、孤立した事例ではない。全国的な傾向を示すデータがある。
2025年の摘発件数が前年比3倍になった背景
警察庁によると、短期滞在の在留資格で来日し特殊詐欺などに関与したとして摘発された外国人が、2025年1〜10月の暫定値で59人に達した。前年同期比のおよそ3倍にあたる。
東南アジアの詐欺拠点が摘発されたことで、現金回収のルートを変えた組織が、受け子を来日させる形にシフトしたとみられている。手口の変化は、取り締まりへの「適応」を繰り返している証でもある。
特殊詐欺とSNS型詐欺の件数の変化
摘発された59人の内訳を見ると、ニセ警察詐欺などの特殊詐欺が42人(前年同期比23人増)、SNS型の投資・ロマンス詐欺が17人(同16人増)だった。
| 手口 | 摘発人数(2025年1〜10月) | 前年同期比 |
|---|---|---|
| 特殊詐欺(ニセ警察など) | 42人 | +23人 |
| SNS型投資・ロマンス詐欺 | 17人 | +16人 |
| 合計 | 59人 | 約3倍 |
どちらの手口も急増しており、特殊詐欺だけが突出した問題というわけではない。
高知県内の特殊詐欺被害状況
高知県警察が公表している被害データでも、特殊詐欺の被害は継続的に発生している。高知県のような地方都市でも、東京のホテルを受け取り場所にするなど、被害の発生地と受け取り場所が離れていることが多い。
「地方だから狙われにくい」という感覚は、この種の詐欺には通用しない。電話とインターネットがある場所であれば、どこでも被害は起きる。
「警察や金融機関からの電話」を見分けるポイントとは?
詐欺の電話を「おかしい」と気づくためのサインがある。あらかじめ知っておくことが、被害を防ぐ最初の壁になる。
本物の警察・銀行が絶対に言わないこと
以下は、本物の警察や金融機関が電話で絶対に言わない言葉だ。
- 「現金を宅配便で送ってください」
- 「ATMを操作して手続きをしてください」
- 「家族には絶対に話さないでください」
- 「口座を保全するために現金を引き出してください」
- 「今すぐ動かないと逮捕されます」
これらのひとつでも言われたら、その電話は詐欺と判断してよい。本物の機関は、電話1本で現金の移動を要求することはない。
国際電話番号「+1」「+44」から始まる着信への対応
高知県警察をはじめ各都道府県の警察が注意喚起しているのが、「+1」「+44」などから始まる国際電話番号の悪用だ。番号の末尾が警察の代表電話と似た数字に設定されていることもある。
国際電話番号から始まる着信には出ないか、出た場合でもすぐに切ることが推奨されている。「みんなでとめよう!!国際電話詐欺 #みんとめ」という取り組みも、警察庁が全国規模で展開している。
電話を切って「折り返し確認」する重要性
電話を切ることを相手から止められるような場合、それ自体が詐欺のサインだ。本物の警察や機関なら、電話を切って折り返すことを拒否しない。
かかってきた番号ではなく、公式の代表電話番号に自分でかけ直す。それだけで詐欺か否かを確認できる。スマートフォンの設定で国際電話の着信を制限することも、事前の対策として有効だ。
家族が被害に遭わないために今すぐできる対策とは?
「知っていれば防げた」という被害が後を絶たない。対策は難しくない。今日から家族間で共有できることがある。
高齢の家族に伝えるべき3つのポイント
難しい説明よりも、シンプルな「合言葉」を共有するほうが効果的だ。
- 「現金を送れと言われたら絶対に断る」
- 「電話の相手が誰であっても、まず家族に連絡する」
- 「焦らせる電話は詐欺だと思って一度切る」
「おかしいと思ったらすぐ電話して」という一言を高齢の家族に伝えておくだけで、被害を止められる可能性がある。
防犯機能付き電話の活用と設置方法
防犯機能付き電話には、自動通話録音機能や「この電話は防犯のために録音されます」という警告メッセージを流す機能が備わっている。これにより、詐欺の電話が途中で切れるケースもある。
非通知拒否サービスと組み合わせることで、怪しい着信を事前にシャットアウトできる。家電量販店や通信会社でも取り扱いがあり、自治体によっては補助金制度もある。
国際電話の利用休止申込み(#みんとめ)を知っているか
警察庁が推進する「みんとめ」は、国際電話の利用を必要としない人が着信を止めるための取り組みだ。国際電話不取扱受付センターへ申し込むことで、国際番号からの着信を拒否できる。
海外への電話が不要な高齢者にとっては、設定するだけでリスクを大きく下げられる手段だ。スマートフォンのキャリア設定でも、国際電話の着信を制限できる場合がある。
被害に遭ってしまったときの相談窓口とは?
「もしかして騙された」と気づいた時点で、すぐに動くことが大切だ。時間が経つほど、被害の拡大や証拠の消去が進む可能性がある。
警察庁「SOS47」特殊詐欺対策ページの使い方
警察庁が運営する「SOS47特殊詐欺対策ページ」では、手口の一覧や相談先、被疑者情報の提供方法がまとめられている。
- URL:https://www.npa.go.jp/bureau/safetylife/sos47/
- 「知り合いが特殊詐欺に関係していると聞いた」などの情報提供もここから行える
- 詐欺被疑者に関する公開捜査の情報も掲載されている
専門の窓口を知っているだけで、被害後の行動がスムーズになる。
最寄りの警察署への相談手順
被害を受けた、または受けそうだと感じたら、電話番号「#9110(警察相談専用電話)」に相談できる。24時間対応ではないが、平日の相談窓口として機能している。
急を要する場合は110番が基本だ。「被害金を取り戻せないかもしれない」という不安があっても、まずは通報・相談をすることで、同様の被害の拡大を止める助けになる。
高齢者見守りネットワークの活用
各市区町村には、高齢者の詐欺被害防止を目的とした見守りネットワークが存在する。地域の民生委員、郵便局、銀行などが連携して、高額出金や宅配便の不審な動きをチェックする仕組みだ。
「自分でできる対策」に加えて、地域全体で見守る環境があることを覚えておきたい。自治体の広報や高齢福祉課に問い合わせることで、地域の取り組みを確認できる。
FAQ
ヒットアンドアウェー型詐欺とオレオレ詐欺は何が違うのか?
オレオレ詐欺は「息子や孫を装った人物が電話をかけてくる」という手口が基本で、受け子も国内在住者が使われることが多い。一方、ヒットアンドアウェー型は外国から短期滞在ビザで来日した外国人が受け子を担い、犯行後すぐに出国する点が大きく異なる。
組織の構造も異なり、ヒットアンドアウェー型は匿流のような国際的なネットワークが関与しているケースが多い。捜査が国境をまたぐため、従来の手口より摘発が難しい面もある。
宅配便で現金を送ってしまったが取り返せるか?
宅配便がまだ配達されていない状態であれば、配送会社に連絡して止められる可能性がある。荷物の追跡番号があれば、すぐに配送会社に連絡して状況を確認することが先決だ。
すでに受け取られてしまった場合、現金の回収は非常に困難だ。ただし、警察への届け出は必ず行う必要がある。被害金の回収よりも、犯罪の連鎖を止めることにつながる。
外国人の受け子を逮捕しても被害金は戻ってこないのか?
受け子が逮捕されても、現金はすでに組織の上部に渡っている場合がほとんどだ。末端の実行役は報酬の一部しか受け取っておらず、被害金全体を保有していない。
被害金が戻る可能性は低いが、逮捕・起訴を通じた刑事責任の追及は重要だ。また、民事訴訟で損害賠償を請求する手段も存在するが、相手が国外にいる場合は実現が難しいケースが多い。
家族が詐欺の電話を受けたとき、どう止めればよいか?
電話の最中であれば、「一緒に確認しよう」と声をかけて電話を切ることが最優先だ。犯人側は「電話を切るな」「家族に話すな」と言い続けるが、そこで従う必要はない。
電話を切って警察や家族に相談する行動が、被害を止める最も確実な方法だ。後から「本物だったらどうする」と思うかもしれないが、本物の機関なら折り返しで対応できる。
「荷物を運ぶ仕事」でSNS勧誘された場合はどうすべきか?
SNSで「日本で荷物を運ぶだけで高収入」という勧誘を受けた場合、それは詐欺グループへの加担を求めている可能性が高い。実際に受け子として動いた人物は、「知らなかった」という主張が通りにくいケースもある。
「内容が怪しい」と感じた時点で関係を断ち、すでに何らかの連絡を取っている場合は警察に相談することが重要だ。巻き込まれてしまってからでも、自首・相談は選択肢として残っている。
まとめ
今回の高知での事件は、「外国人が受け子を担う」という手口が全国規模で広がっていることを示す一例だ。被害者の女性は、電話1本で1300万円を失った。
特殊詐欺は、被害者の「信頼」や「焦り」を巧みに使う犯罪だ。知識として手口を知っておくことが、最初の防壁になる。高齢の家族がいるなら、今日の会話の中で「現金を送れと言われたら必ず連絡して」という一言を伝えてほしい。家族間でのひとこと確認が、被害を止める最も現実的な手段だ。防犯電話の設置や国際電話の着信制限は、設定してしまえばあとは意識しなくていい対策でもある。
参考文献
- 「70歳代女性が高知から送った1300万円入り宅配便、東京のホテルで受け取った台湾籍の容疑者を詐欺容疑で緊急逮捕」 – 読売新聞オンライン(Yahoo!ニュース)
- 「短期滞在外国人の詐欺急増、中国系『匿流』関与か…『ヒットアンドアウェー型』の事件繰り返している恐れ」 – 読売新聞オンライン(Yahoo!ニュース)
- 「手口一覧と今日からできる対策」 – 警察庁・SOS47特殊詐欺対策ページ
- 「特殊詐欺被疑者の一斉公開捜査について」 – 警察庁Webサイト
- 「高知県内の特殊詐欺被害状況」 – 高知県警察
- 「警察をかたる詐欺に注意!」 – 高知県警察ホームページ「こうちのまもり」