詐欺の手口

障害者就労支援150億円不正の全貌|絆HDへの刑事告訴まで何が起きたのか

障害者就労支援150億円不正の全貌|絆HDへの刑事告訴まで何が起きたのか 詐欺の手口
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障害のある人を支援するために設計された就労支援の制度が、組織的な不正の温床になっていた。絆ホールディングス(絆HD)グループが引き起こした不正受給の総額は、全国で約150億円にのぼる。障害者就労支援という社会的な意義のある制度が、どのように悪用されたのか。2026年5月1日の刑事告訴に至るまでの経緯を、時系列と仕組みの両面からまとめる。

2026年3月27日に大阪市が指定取り消し処分を発表してから、わずか1カ月余りで刑事事件へと発展した。制度の抜け穴を突いた手口、監査が追いつかなかった背景、そして利用者1,000人以上が突然行き場を失った現実。この一連の出来事は、障害者就労支援の制度設計そのものに疑問を突きつけた。

  1. 絆ホールディングス事件とは何か?
    1. 事件の発覚から刑事告訴までの概要
    2. 処分対象となった4つの事業所
    3. 不正総額150億円という規模の異常性
  2. 就労継続支援A型事業所とはどういう仕組みか?
    1. A型とB型の違いとは?
    2. 事業所が受け取る「加算金」の仕組みとは?
    3. 就労移行支援体制加算とはどんな制度か?
  3. 「36ヶ月プロジェクト」の実態とはどんなものか?
    1. 2020年から始まった独自スキームの内容
    2. 利用者をグループ内で繰り返し転籍させた手口
    3. 表向きの説明と実態の乖離
  4. なぜ2年間で150億円もの不正が可能だったのか?
    1. 全利用者の基本報酬に加算が上乗せされる計算構造
    2. 3年ルールをめぐる行政と事業者の解釈対立
    3. 監査体制が追いつかなかった理由とは?
  5. 当事者が語る支援の実態とはどんなものだったのか?
    1. 「仕事はアニメを見るだけ」元利用者の証言
    2. 「来月から一般就労」突然の通告と何も変わらない現場
    3. 時給アップが「口止め料」として機能していた疑い
  6. 大阪市はどのような行政処分を下したのか?
    1. 2026年3月27日 指定取り消し処分の内容
    2. 110億7650万円の返還請求とペナルティの仕組み
    3. 「もにす認定」取り消しとは何か?
  7. 1000人超の利用者はどうなったのか?
    1. 4月末閉鎖決定と支援継続のめど
    2. ハローワークに設置された相談窓口の詳細
    3. 厚労省が自治体に求めた対応とは?
  8. 絆ホールディングス側の主張とはどんな内容か?
    1. 「処分を重く受け止める」と謝罪しながら争う姿勢
    2. 3年ルールの解釈で「見解を異にする」とした理由
    3. 代理人弁護士を通じた法的手続きの方針
  9. 2026年5月1日 刑事告訴状の提出とはどういう意味か?
    1. 大阪府警への詐欺容疑で告訴した5人の立場
    2. 返還期限(4月20日)を過ぎても支払いがなかった経緯
    3. 刑事手続きに移行した場合に何が問われるか?
  10. 大阪市が実施した他事業所への実態調査とはどんなものか?
    1. 市内1649事業所を対象にしたアンケート調査の内容
    2. 別の34事業所でも過大受給が疑われた調査結果
    3. アンケートによる自主申告制度の限界とは?
  11. 厚生労働省は制度をどう見直そうとしているのか?
    1. 2024年度報酬改定で厳格化した3年ルールの経緯
    2. 加算金に上限設定を導入する方針の詳細
    3. 2024年に全国329事業所が閉鎖した副作用との兼ね合い
  12. 同様の不正は以前にも起きていたのか?
    1. 2017年「あじさいの輪」事件との比較
    2. A型事業所の不正が繰り返される構造的な原因
    3. 福祉の「1兆円市場化」が生む事業者の経済合理性
  13. 信頼できるA型事業所を見分けるにはどうすればよいか?
    1. 支援内容・就労先が具体的に説明されているか確認する
    2. グループ内での就職転籍を勧める事業所に注意すべき理由
    3. 行政の指定情報や監査結果の調べ方
  14. よくある質問(FAQ)
    1. 絆ホールディングスとはどんな会社か?
    2. 就労継続支援A型の利用者はなぜ不正に気づけなかったのか?
    3. 刑事告訴と行政処分はどう違うのか?
    4. 不正受給された150億円は国に返ってくるのか?
    5. 他のA型事業所を利用している場合、同じリスクはあるのか?
  15. まとめ
    1. 参考文献

絆ホールディングス事件とは何か?

この事件を一言で表すなら、「障害者支援の成果報酬制度を使った、グループ内での循環不正」だ。どのような仕組みだったのか、まず全体像を押さえておきたい。

事件の発覚から刑事告訴までの概要

最初の報道は2025年11月だった。大阪市内の福祉関連会社「絆ホールディングス」のグループが、障害者就労支援の加算金を約20億円超、過大に受給していた疑いがあるとして報じられた。

その後の監査で不正の規模は急速に膨らんだ。大阪市は2026年3月27日、傘下4事業所に対して事業者指定の取り消しという最も重い行政処分を下した。大阪市からの不正受給額だけで約79億円、全国の75自治体への不正請求と合わせると総額は約150億円に達した。

返還期限の4月20日を過ぎても支払いが確認できなかったため、大阪市は2026年5月1日付で4事業所の代表や元代表ら計5人を詐欺容疑で大阪府警に刑事告訴した。

処分対象となった4つの事業所

処分の対象となったのは、絆HDのグループ会社が運営する以下の4事業所だ。

事業所名 所在地
リアン内本町 大阪市内
レーヴ 大阪市内
リベラーラ 大阪市内
Mirrime(ミライム) 大阪市内

4事業所はいずれも2026年4月末で閉鎖され、5月1日付で指定取り消し処分の効力が発生した。

不正総額150億円という規模の異常性

150億円という数字が具体的にどれほどの規模かを理解するには、比較が有効だ。

2017年に起きた「あじさいの輪」事件は、障害者就労支援における不正事案として当時衝撃を与えた。その不正額は約1億3,700万円だった。今回はその約100倍のスケールに相当する。しかも、わずか2年間(2024〜2025年度)での不正額だ。

一企業グループによる障害福祉サービス制度史上、類を見ない規模の不正であることは間違いない。

就労継続支援A型事業所とはどういう仕組みか?

不正の手口を理解するには、まず「就労継続支援A型」という制度そのものを知る必要がある。複雑に見えるが、構造は単純だ。

A型とB型の違いとは?

就労継続支援には「A型」と「B型」の2種類がある。最大の違いは「雇用契約の有無」だ。

A型:雇用契約あり
障害のある人と事業所が雇用契約を結ぶ。利用者は労働基準法上の「労働者」となり、最低賃金法が適用される。

B型:雇用契約なし
雇用関係を結ばず、就労訓練の機会を提供する形式。工賃は最低賃金法の対象外。

A型の方が利用者への待遇は手厚いが、事業所の運営コストも高くなる。その分、事業所には国から手厚い給付金が支払われる仕組みになっている。

事業所が受け取る「加算金」の仕組みとは?

A型事業所が受け取る給付金には、「基本報酬」に加えて、様々な条件を満たした場合に上乗せされる「加算金」がある。

基本報酬は利用者1人が1日通所するごとに発生する。事業所の規模や支援の内容に応じて単価が設定されている。

加算金は、事業所の努力や成果を評価して上乗せされる報酬だ。種類は多岐にわたるが、今回の不正に深く関わったのが「就労移行支援体制加算」と呼ばれるものだった。

就労移行支援体制加算とはどんな制度か?

就労移行支援体制加算は、「利用者が一般企業に就職し、6カ月以上定着した実績」に応じて支払われる。ハードルの高い「一般就労への移行と定着」を促すための、いわば成果報酬の仕組みだ。

この加算が厄介なのは、計算の構造にある。就職した本人の給付金が増えるだけではない。過去の一定期間に一般就労した人数に応じて、翌年度の「在籍している利用者全員分」の1日あたりの基本報酬に上乗せされる。

例えば、定員40人の事業所が年間10人を一般就労へ送り出した場合、その実績が認められれば翌年度の40人全員の単価が上がる。仮に1人あたり1日800円の加算が発生したとすると、月20日稼働で月64万円、年間768万円の追加収入になる計算だ。

これが、不正を「スケールアップ」させた制度的な要因だった。

「36ヶ月プロジェクト」の実態とはどんなものか?

絆HDが導入した独自のスキームが「36ヶ月プロジェクト」だ。表向きの説明と実態がどれほど乖離していたか、その中身を見ていく。

2020年から始まった独自スキームの内容

36ヶ月プロジェクトは2020年以降、絆HDが独自に始めた手法だ。利用者向けのパンフレットには「何度でもチャレンジできる」「段階的な支援や再チャレンジの機会を提供する」と説明されていた。

実態は全く異なっていた。このプロジェクトの本質は、「利用者をグループ内で定期的に転籍させることで、加算金を繰り返し発生させる」仕組みだった。

プロセスは以下の流れで繰り返された。

  1. 利用者をA型事業所の「利用者」として受け入れる
  2. 一定期間後、グループ内の関連会社に「一般就労」として移籍させる
  3. 6カ月以上経過後、再びA型事業所の「利用者」に戻す
  4. 一般就労の定着実績として加算金を請求する
  5. 1〜4を繰り返す

この循環によって、実質的に一般企業への就労支援を行っていないにもかかわらず、書類上は「次々と一般就労の成功者を輩出している優良事業所」が出来上がる。

利用者をグループ内で繰り返し転籍させた手口

大阪市の調査では、利用者がA型事業所の運営側スタッフとして6カ月以上雇用された後、再び利用者に戻される手口が確認された。厚生労働省はこの手法を図解で解説し、「過去3年間で同一利用者について複数回算定することは想定していない」という公式見解を示していた。

しかし、絆HDはこのルールを独自に解釈した。「2024年4月の報酬改定以前の加算歴には、改正後のルールは遡って適用されない」と主張し、2024年度以降も同様の請求を継続していた。大阪市はこれを明白なルール違反と認定した。

この解釈の対立が、不正規模を一層押し上げた要因のひとつだ。

表向きの説明と実態の乖離

就職と退職を繰り返すたびに利用者の時給が上がる設計になっていた点も見逃せない。これが、利用者や職員が不正に気づいても口を閉ざし続けた一因だったと指摘されている。

元職員は取材に対して「何もわからない状態で不正な受給に加担していたと思うと、すごい怖いことをしていたと思う」と語っている。スタッフの給与も高額に設定されており、組織全体として内部からの告発が起きにくい構造になっていたとみられる。

なぜ2年間で150億円もの不正が可能だったのか?

単純な不正請求にとどまらず、これほどの規模に膨らんだのには、制度設計と監査体制の両面に原因がある。

全利用者の基本報酬に加算が上乗せされる計算構造

前述の通り、就労移行支援体制加算は「在籍している全利用者分」の基本報酬に上乗せされる。これが「スケールの暴力」とも言える増殖構造を生んだ。

利用者数が多い事業所ほど、1件の就労実績が生み出す加算額は大きくなる。絆HDのグループ事業所では、この構造を最大限に活用する形で、実態を伴わない就労実績を積み上げていた。

加算金は「人数」ではなく「在籍全員分の単価」として反映されるため、規模が大きい事業所ほど不正の旨みが指数関数的に増大する設計になっていた。

3年ルールをめぐる行政と事業者の解釈対立

厚労省は2024年4月の報酬改定で「3年ルール」を設けた。「一度就職し加算対象になった障害者については、その後3年間は再度就職しても加算金を支給しない」という内容だ。過度な就職・退職の繰り返しを防ぐ目的だった。

行政は「このルールは過去の加算歴にも適用される」と解釈した。一方、絆HDは「改正前の加算歴には遡って適用されない」と主張した。この解釈の違いは埋まらなかった。絆HDは行政との確認が不十分だったと説明しているが、大阪市は「明白なルール違反」と認定している。

監査体制が追いつかなかった理由とは?

大阪市の担当者はMBSニュースの取材に対し「制度の抜け穴を突かれたと認識している」と語った。問題の本質のひとつは、監査の仕組みが事業所の自己申告に依存していた点にある。

大阪市が実施した実態調査は、市内1,649事業所を対象にしたアンケート方式だった。この方法では「実態のない支援」を見抜くことには限界がある。グループ内での就職転籍という手口は、書類上は要件を満たしているように見えるため、外部からは判断が難しかった。

当事者が語る支援の実態とはどんなものだったのか?

読売新聞は元利用者や現役職員ら50人への取材を行っている。証言から見えてくる実態は、「福祉」の名から大きくかけ離れていた。

「仕事はアニメを見るだけ」元利用者の証言

発達障害のある30代の女性は、コロナ禍でほとんどが在宅勤務だった。職員からは「自習してください」とだけ指示され、1人でパソコンの勉強に取り組んでいた。

ある日、突然「来月から一般就労に変わります」と告げられた。しかし仕事の内容は何も変わらなかった。この女性は「能力を高めたかったが、日に日に無力感が強くなっていった」と振り返っている。

精神疾患を抱える別の30代女性は、「事務所内のパソコンで好きな動画を見るように言われ、何の指示も受けなかった」と語った。利用者の中にはアニメ動画をずっと見ているだけの人もいたという。

「来月から一般就労」突然の通告と何も変わらない現場

ある元利用者は約半年後、「一般就労になったから時給が50円上がった」と突然告げられた。不信感を抱いて退職を申し出ると、職員から「加算の要件を満たすまでもう少しいてくれ」と引き留められたと証言している。

利用者は、自立や就労に向けたスキルを身につける機会を得るどころか、加算金を発生させるための「コマ」として扱われていた可能性が高い。

支援の内容は事業所が発覚後に突然変わった。MBSニュースによると、問題が表面化する以前は「オンライン就労」が主な業務だったのに対し、発覚後は「清掃一択」に一変したという。これは、実態を問われることへの意識的な変更だったとみられる。

時給アップが「口止め料」として機能していた疑い

就職と退職を繰り返すたびに時給が上がる設計は、利用者の不満を抑える機能を持っていた可能性がある。福祉サービスの研究者や関係者の間では「時給アップが事実上の口止め料として機能していたのではないか」という指摘がある。

職員の給与も高めに設定されていたと報じられている。組織的に内部告発が起きにくい環境が意図的に作られていた可能性を、捜査当局も含めて調査が進んでいる。

大阪市はどのような行政処分を下したのか?

行政処分の内容と根拠を整理する。「指定取り消し」と「返還請求」は、それぞれ別の効果を持つ。

2026年3月27日 指定取り消し処分の内容

大阪市は2026年3月27日、障害者総合支援法に基づき4事業所の事業者指定を5月1日付で取り消すと発表した。事業者指定の取り消しは、行政処分の中で最も重い措置だ。

大阪市福祉局の担当課長は記者会見で、36ヶ月プロジェクトについて「就労定着に向けた支援体制が構築できていると評価できない」と明確に述べた。自社雇用による「就労」は、制度が想定する「一般就労への定着」には当たらないとの判断だ。

110億7650万円の返還請求とペナルティの仕組み

大阪市は不正受給額として認定した約79億円に対し、法律で定められた40%のペナルティを上乗せして計約110億7,650万円の返還を請求した。

内訳 金額
大阪市への不正受給額 約79億円
40%ペナルティ加算 約31億7,650万円
大阪市への返還請求総額 約110億7,650万円
全国75自治体への不正受給額 約71億円
全国不正総額 約150億円

返還期限は2026年4月20日だったが、期限を過ぎても支払いは確認されなかった。

「もにす認定」取り消しとは何か?

大阪労働局は2026年3月23日付で、絆HDの「もにす認定」を取り消した。もにす認定は、障害者雇用に積極的に取り組む中小企業を厚生労働大臣が認定する制度だ。絆HDは2024年に取得していたが、今回の問題を受けて取り消しの申し出があったという。

障害者雇用の模範として認定を受けた会社が、同時に制度を最大限に悪用していたという皮肉な事実が浮かび上がる。

1000人超の利用者はどうなったのか?

事業所の閉鎖によって直接影響を受けた利用者は1,000人以上にのぼる。行き場を失った当事者への対応はどう進んだか。

4月末閉鎖決定と支援継続のめど

絆HDは4事業所を2026年4月末で閉鎖することを決定した。利用者に対しては「受け入れ先確保を進めていく」としていたが、突然の閉鎖に戸惑いを隠せない利用者も多かった。

事業所の閉鎖を告げられた利用者からは「きちんと給料が出るのか」という不安の声が上がった。A型事業所の利用者は雇用契約を持つ「労働者」でもあるため、閉鎖に伴う給与や退職手続きへの対応が問われた。

ハローワークに設置された相談窓口の詳細

大阪労働局は2026年3月31日、利用者らの相談に応じる窓口を府内全16カ所のハローワークに設置した。対応内容は以下の通りだ。

  • 雇用保険の受給に関する相談
  • 就職先・次の事業所に関する相談
  • オンライン相談への対応

窓口は、利用者らの受け入れ先のめどがつくまで継続される予定とされている。

厚労省が自治体に求めた対応とは?

厚生労働省は2026年3月30日、利用者の居住する自治体向けに説明会を開き、支援への協力を依頼した。障害のある利用者が突然の閉鎖によって支援の空白期間が生じないよう、各自治体に対応を求めた形だ。

利用者の中には、日常的な就労の場としてA型事業所を頼りにしていた人も多い。代替の受け入れ先の確保は、行政の重要な課題として残されている。

絆ホールディングス側の主張とはどんな内容か?

行政処分を受けた絆HD側は、謝罪の姿勢を示しながらも、不正の認定そのものには争う姿勢を崩していない。

「処分を重く受け止める」と謝罪しながら争う姿勢

絆HDは公式ホームページで「処分を非常に重く受け止めている」「多大なるご迷惑とご心配をおかけしておりますことを、心より深くお詫び申し上げます」と謝罪を表明した。

一方で、下川弘美代表取締役はホームページ上の動画で「今回の指定取り消しや不正とされた点につきましては、私たちとしても見解の相違があり、今後は法廷の場において主張すべき点は適切に主張し、誠実に対応してまいります」と述べている。

謝罪と法的な争いを同時に表明するという異例の対応だ。

3年ルールの解釈で「見解を異にする」とした理由

36ヶ月プロジェクトについて、絆HDは「最終的には一般企業への就職による自立を目指し、利用者一人ひとりの状況に応じた段階的な支援や再チャレンジの機会を提供するもの」と主張している。

3年ルールの解釈については「行政とのやり取りも行ったが、解釈および内容の確認が十分ではなかった」と説明している。「不正と評価されたところは承服しかねる」というのが同社の立場だ。

代理人弁護士を通じた法的手続きの方針

絆HDは2026年4月、大阪市を相手取り「返還請求決定の取り消しと手続きの停止を求める」として大阪地裁に提訴している。行政処分と刑事告訴を受けながら、同時に行政を訴えるという異例の構図が生まれている。

刑事事件の捜査と民事・行政の法廷闘争が並行して進む展開となっており、最終的な決着には相当の時間がかかる見通しだ。

2026年5月1日 刑事告訴状の提出とはどういう意味か?

行政処分だけでなく刑事手続きに移行した背景には、返還請求に対する不誠実な対応があった。

大阪府警への詐欺容疑で告訴した5人の立場

大阪市は2026年5月1日、4事業所の代表や元代表ら計5人を詐欺容疑で大阪府警に告訴状を提出した。対象は各事業所を実質的に経営していた立場の人物だ。

詐欺容疑とは、虚偽の申請によって給付金を不正に受け取ったという疑いだ。実態を伴わない「就労実績」を行政に申告し、加算金を騙し取ったと市は判断している。

返還期限(4月20日)を過ぎても支払いがなかった経緯

大阪市が設定した返還期限は2026年4月20日だった。しかし期限を過ぎても、110億7,650万円の返還は確認されなかった。

この「支払いの不履行」が、行政処分から刑事告訴への移行を決定的にした要因だ。大阪市は返還を求めると同時に、極めて悪質な不正として刑事手続きへの移行を進めていた。

刑事手続きに移行した場合に何が問われるか?

刑事告訴が受理され捜査が開始されると、詐欺罪の成否が問われる。詐欺罪(刑法246条)は「人を欺いて財物を交付させた」行為に適用され、10年以下の懲役が法定刑だ。

焦点となるのは「故意性」だ。絆HD側は3年ルールの解釈について「行政との確認が不十分だった」と主張しているが、2025年11月時点の報道に対して「法令を遵守して取り組む」とコメントしながら不正請求を続けていたとされる点が、故意の認定に影響する可能性がある。

大阪市が実施した他事業所への実態調査とはどんなものか?

絆HDの問題が明らかになったことで、大阪市は市内の同種事業所全体に対して実態調査を行った。

市内1649事業所を対象にしたアンケート調査の内容

大阪市は就労移行支援体制加算の制度がある大阪府内の障害福祉サービス事業所1,649カ所を対象に実態調査を実施した。就労実績の内訳、就職先の種別、加算の算定根拠などについてアンケート形式で回答を求めた。

この調査は、絆HDと同様の手口が他の事業所にも広がっていないかを確認する目的で行われた。

別の34事業所でも過大受給が疑われた調査結果

調査の結果、別の34事業所でも障害者就労支援の加算金を過大受給していた疑いがあることが判明した。絆HDの問題が「氷山の一角」である可能性が、調査によって現実のものとなった。

この34事業所はいずれも、アンケートの事前調査では不正を自主申告していなかった。「自主申告なし」という事実は、アンケート方式の限界を如実に示している。

アンケートによる自主申告制度の限界とは?

大阪市の担当者が「制度の抜け穴を突かれた」と認めた通り、書類上は要件を満たすように見えるグループ内転籍の手口は、アンケートでは発見しにくい。

行政による実地での監査が定期的に行われていれば、早期発見につながった可能性がある。 監査のあり方そのものが問われている。

厚生労働省は制度をどう見直そうとしているのか?

今回の問題を受けて、制度設計そのものの見直しが進んでいる。

2024年度報酬改定で厳格化した3年ルールの経緯

厚生労働省は2024年4月の報酬改定において、同一利用者について複数回の加算算定ができないよう「3年ルール」を設けた。それ以前は、就職と退職を繰り返す循環スキームを明示的に禁じるルールが存在しなかった。

絆HDはこのルール改定後も従来の手口を続けていたとされる。ルールを設けても解釈の余地を残した結果、抑止力にならなかった。

加算金に上限設定を導入する方針の詳細

厚生労働省は今回の問題を受けて、就労移行支援体制加算の金額に事業所の規模に応じた上限を設定する方針を打ち出した。大規模事業所ほど不正の「旨み」が大きくなる現行の計算構造を、上限設定によって是正しようという考えだ。

具体的な上限額の設定は今後の議論を経て決まる見通しだ。

2024年に全国329事業所が閉鎖した副作用との兼ね合い

2024年度の報酬改定は、意図しない副作用も生んだ。改定後の3〜7月の間に、全国で329カ所のA型事業所が閉鎖し、約5,000人が解雇された。収益構造が成り立たなくなった事業所が相次いで撤退したためだ。

制度を締め付けることで不正は防ぎやすくなるが、正規の事業所も経営が苦しくなるというジレンマがある。制度改正のたびに起きる「閉鎖・解雇の連鎖」をどう防ぐかは、厚労省にとって継続的な課題となっている。

同様の不正は以前にも起きていたのか?

今回の不正が「突発的な事件」ではなく、制度的な構造問題であることは、過去の事案を見ればより明確になる。

2017年「あじさいの輪」事件との比較

2017年、就労継続支援A型をめぐる不正が全国的に問題化した。当時は主に「実態のない就労」や「最低賃金割れの報酬」が問題とされた。「あじさいの輪」(岡山県)の事件では約280人が解雇され、約1億3,700万円の不正受給が問題となった。

当時すでに「制度の抜け穴」と「事業所の過剰な利益追求」は指摘されていた。にもかかわらず、制度上の本質的な改善は遅れた。その結果、今回は規模が100倍になった。

A型事業所の不正が繰り返される構造的な原因

要因 内容
成果報酬の設計 就労実績が数値化されるほど偽装が経済合理的になる
全利用者分への波及 加算が個人ではなく在籍者全員の単価に反映される
監査の不十分さ 自主申告・書類審査が中心で実態把握が困難
規模拡大のインセンティブ 大規模事業所ほど不正収益が指数関数的に増大する

福祉の「1兆円市場化」が生む事業者の経済合理性

A型事業所を含む障害福祉サービス市場は、「1兆円市場」と呼ばれることもある。障害者雇用に関する制度が整備・拡充されるにつれて、参入する事業者の数も増えた。

本来は社会的意義のある事業だが、市場規模が拡大するほど「利益最大化」を優先する事業者が参入しやすくなる。「成果報酬+規模へのインセンティブ」という制度設計は、悪意ある事業者にとって不正の経済合理性を高める構造になっていた。

信頼できるA型事業所を見分けるにはどうすればよいか?

今回の問題を受けて、A型事業所を利用する当事者や家族が「どこが安全か」を判断するための情報が求められている。

支援内容・就労先が具体的に説明されているか確認する

まず確認すべきは、事業所が提供する支援の内容が具体的かどうかだ。

  • 実際に何を学べるのか、どんな作業をするのかが明示されているか
  • 就労先の業種・職種が具体的に提示されているか
  • 「一般就労への支援実績」として挙げている企業が、グループ外の独立した会社かどうか

「段階的な支援」や「再チャレンジの機会」といった抽象的な説明だけで、具体的な支援内容が見えない場合は注意が必要だ。

グループ内での就職転籍を勧める事業所に注意すべき理由

利用者を自社グループ内の関連会社に転籍させる形での「就労」は、今回の不正の中核的な手口だった。

担当者から「うちのグループ内の会社に就職しませんか」と提案された場合は、その意図を慎重に確認することが大切だ。真の一般就労支援は、事業所グループの外部にある企業への就職を目指すものであるべきだ。

行政の指定情報や監査結果の調べ方

各都道府県や政令指定都市の福祉局・健康局のウェブサイトでは、指定を受けている障害福祉サービス事業所の一覧を公開している。行政処分の情報も同様に掲載されることがある。

また、事業所の「自己評価」や「第三者評価」の結果が公開されている場合は、支援の質を判断する参考になる。複数の事業所を比較した上で、見学・体験利用を行うことが最も確実な確認方法だ。

よくある質問(FAQ)

絆ホールディングスとはどんな会社か?

大阪市に本社を置く福祉関連会社で、就労継続支援A型事業所を複数運営していた。傘下にリアン内本町、レーヴ、リベラーラ、Mirrime(ミライム)の4事業所を抱え、大阪府内を中心に障害者就労支援事業を展開していた。2024年には障害者雇用に積極的な企業として「もにす認定」を受けていたが、2026年3月に取り消された。

就労継続支援A型の利用者はなぜ不正に気づけなかったのか?

いくつかの構造的な要因が重なっていた。就職と退職のたびに時給が上がる仕組みが、利用者が不満を感じにくくする効果をもたらしていた可能性がある。また「一般就労に変わった」と告げられた後も職場環境や仕事内容が変わらなかったため、利用者が「何がおかしいのか」を判断するのが難しい状況だった。さらに、障害のある利用者にとって、雇用関係の変化という複雑な行政・制度上の問題を自力で把握するのはハードルが高い。

刑事告訴と行政処分はどう違うのか?

行政処分は行政機関(大阪市)が法律に基づいて事業者の資格や権利を制限・取り消す措置だ。今回の「事業者指定の取り消し」と「返還請求」が該当する。一方、刑事告訴は犯罪の被害者が捜査機関(警察・検察)に対して犯人の刑事処罰を求める申告だ。告訴を受けた大阪府警が捜査を行い、送検・起訴されて有罪が確定すれば刑事罰(懲役など)が科される。行政処分は即座に効力が発生するが、刑事手続きは確定するまでに長い時間がかかる。

不正受給された150億円は国に返ってくるのか?

大阪市への返還請求額は約110億7,650万円だが、絆HDは返還を行わないまま4月末に事業所を閉鎖し、大阪地裁に返還請求取り消しを求めて提訴している。実際に回収できるかどうかは不透明だ。全国75自治体への不正受給分(約71億円)の回収についても、各自治体での対応が必要になる。刑事手続きが進んでも、民事上の返還とは別に進行するため、税金が全額戻るかどうかは現時点では不明だ。

他のA型事業所を利用している場合、同じリスクはあるのか?

大阪市の実態調査では、絆HDとは別の34事業所でも加算金の過大受給が疑われた。A型事業所全体に同様の問題があるわけではないが、「就労実績が成果報酬に直結する制度設計」が続く限り、類似の不正が起きるリスクはゼロではない。利用者や家族は、支援内容の透明性・就労先の独立性・行政の処分情報を定期的に確認することが、リスク回避の手段になる。

まとめ

絆HDの150億円不正は、単に1つの会社の問題ではない。「成果報酬が加算される制度設計」「全利用者分の単価に波及する計算構造」「書類審査中心の監査体制」という3つの要因が重なって生まれた、制度的な必然の面がある。2026年5月時点で、刑事告訴と民事提訴が同時並行で進んでおり、司法による最終的な判断には時間を要する見込みだ。

厚生労働省は加算金への上限設定を検討しているが、制度改正のたびに閉鎖・解雇が繰り返されてきた歴史を踏まえると、利用者を守る方向での設計変更が求められる。まず確認できる行動として、利用する(または利用を検討している)A型事業所の就労先が「グループ外の独立した企業か」という点を確かめることが出発点になる。

参考文献

  • 「絆ホールディングス傘下の150億円不正受給問題 障害者就労支援で何が起きたのか?制度の抜け穴と手口を解説」 – coki(公器)
  • 「障害福祉150億円不正の構造 — 就労継続支援A型の制度設計はなぜ悪用を許したか」 – isvd.or.jp
  • 「就労支援不正問題、大阪市が事業所代表ら5人を刑事告訴 詐欺容疑で」 – 日本経済新聞
  • 「障害者就労不正、大阪市が4事業所指定取り消し 110億円返還請求」 – 日本経済新聞
  • 「障害報酬不正受給で絆HDの4事業所指定取り消し 大阪市が110億円の返還請求」 – 福祉新聞Web
  • 「障害者の雇用・離職を繰り返す「36か月プロジェクト」、不正認定された加算金は150億円」 – 読売新聞オンライン(Yahoo!ニュース)
  • 「【障がい者就労支援】約150億円不正受給 元利用者・職員ら50人を取材」 – MBSニュース(Yahoo!ニュース)
  • 「「障害者就労支援で79億円”不正受給”」 大阪市が福祉事業会社「絆ホールディングス」を刑事告訴」 – 関西テレビ(Yahoo!ニュース)
  • 「福祉関連事業者の絆HDに対して大阪市が刑事告訴 事業所の指定取り消しも」 – ABCニュース(Yahoo!ニュース)
  • 「就労継続支援A型の状況について(令和6年度社会保障審議会障害者部会資料)」 – 厚生労働省
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