取引のある銀行から、電話がかかってきます。自動音声が流れます。指示に従ううちに、会社のパソコンが操作されます。気づいたときには、法人口座のお金が別の口座へ送られています。これがいま広がっているボイスフィッシングの手口です。
警察庁は2026年6月4日に、あらためて注意を呼びかけました。狙われているのは、中小企業の法人口座です。この記事では、ボイスフィッシングの流れと見分け方を、やさしく整理します。被害に気づいたあとの動き方まで、順番に見ていきます。
法人口座を狙うボイスフィッシングとは?
最近の詐欺は、メールだけで完結しません。電話と組み合わせる形に変わってきました。まずは言葉の意味と、これまでの詐欺との違いを押さえます。ここを理解すると、あとの手口がすっと頭に入ります。
ボイスフィッシング(ビッシング)の意味
ボイスフィッシングは、電話を入り口にする詐欺です。銀行の担当者を名乗り、相手に操作や入力をさせます。そうやって、ネットバンキングのIDやパスワードを盗み取ります。
電話の声には、2つの種類があります。録音された自動音声と、人がしゃべる肉声です。最初は自動音声で、途中から肉声に切り替わる流れが典型的です。この切り替わりが、あとで見分けのヒントになります。
一般的なフィッシング詐欺との違い
これまでのフィッシングは、メールやSMSが主役でした。偽サイトのリンクを送り、そこへ情報を入力させる形です。電話は、ほとんど登場しませんでした。
ボイスフィッシングは、ここに電話が加わります。電話で相手を安心させ、メールへ誘導します。電話とメールの合わせ技になっている点が、大きな違いです。
「端末乗っ取り型」と呼ばれる理由とは?
新しい手口では、情報を盗むだけで終わりません。会社のパソコンに、あるソフトを入れさせます。それが遠隔操作ソフトです。
このソフトが入ると、犯人がパソコンを外から動かせます。盗んだIDとパスワードが、その場で送金に使われてしまいます。端末そのものが乗っ取られるため、こう呼ばれています。
警察庁はなぜ今あらためて警告したのか?
一度は落ち着いた被害が、形を変えて戻ってきました。だから注意喚起が出されました。ここでは、警告の中身と、手口が変わった経緯を見ます。流れを知ると、なぜ危険度が上がったのかが分かります。
サイバー警察局が出した注意喚起の概要
警察庁のサイバー警察局は、2026年6月4日に資料を公開しました。タイトルは「巧妙化するボイスフィッシング被害に注意」です。法人口座を狙う不正送金が、再び増えていると伝えています。
この資料は、JC3(日本サイバー犯罪対策センター)も同じ日に紹介しました。公的機関がそろって警告を出したわけです。それだけ被害が目立っているということです。
一度収まった被害が再発した経緯
ボイスフィッシングは、2024年秋ごろから増えました。その後、銀行側の対策などで一度は落ち着きます。ところが、手口を変えて再発しました。
犯人は、防がれると別の方法を試します。今回はそこに、遠隔操作という新しい要素が加わりました。同じ名前の詐欺でも、中身は前と違います。
旧手口から「ハイブリッド型」へ変化した点
去年の手口は、ID・パスワードを盗むところまでが中心でした。盗んだ情報を、犯人が自分の環境で使っていました。
新しい手口では、被害者のパソコンを直接動かします。電話、メール、SMS、遠隔操作ソフトを組み合わせます。複数の手段を重ねるため、ハイブリッド型と整理できます。
自動音声と偽メールで端末が乗っ取られる流れとは?
ここが今回いちばん大切な部分です。犯人の動きを、段階に分けて見ていきます。流れが頭に入ると、途中で「おかしい」と気づけます。1つずつ確認しましょう。
自動音声で番号を押させる入口
最初の接触は、自動音声の電話です。「ネットバンキングを利用している方は、番号を押してください」と促されます。指示どおりに番号を押すと、次の段階へ進みます。
実際には、こうした音声が流れます。
こちらは〇〇銀行です。
ネットバンキングをご利用の方は、■番を押してください。
この入口で押してしまうと、相手は肉声に切り替わります。銀行が自動音声で個別に電話をかけてくることは、基本的にありません。
肉声に切り替わりメールアドレス等を聞き出す
番号を押すと、人の声に変わります。「パソコン環境の更新が必要です」と言われます。そして、メールアドレスと携帯電話番号を求められます。
ここで情報を伝えると、相手はメールとSMSを送ってきます。個人情報を口頭で聞き出すのが、この段階のねらいです。更新という言葉で、自然な依頼に見せています。
メール・SMSのリンクから遠隔操作ソフトを導入させる
送られてきたメールには、リンクが付いています。「セキュリティ強化のためのソフト」と説明されます。リンクをクリックすると、遠隔操作ソフトがパソコンに入ります。
このソフトが、被害の決め手になります。心当たりのないソフトの導入は、絶対に断ってください。SMSのリンクからは、偽サイトへ誘導されます。
偽画面の裏で口座から不正送金される仕組み
ソフトが入ると、パソコンに偽の画面が出ます。「システム更新中」といった表示です。利用者は、待っているだけのつもりになります。
その裏で、犯人がネットバンキングへログインします。盗んだIDとパスワードを使います。待っている間に、口座のお金が送金されているわけです。
なぜ法人口座が標的にされるのか?
犯人は、効率よくお金を奪える相手を選びます。法人口座は、その条件にあてはまります。ここでは、狙われやすい3つの理由を整理します。自社の状況と照らし合わせてみてください。
残高が大きく送金限度額も高い
法人口座は、個人口座よりお金の動きが大きいです。仕入れや給与の支払いで、まとまった額を扱います。送金できる上限額も、高く設定されがちです。
犯人にとっては、1回の成功で得られる額が大きくなります。高額が一度に動く口座ほど、ねらわれやすくなります。
複数人で口座を扱う運用上の隙
会社の口座は、何人かで使うことが多いです。担当者、経理、上司などが関わります。誰がいつ操作したか、見えにくくなりがちです。
この分かりにくさが、隙になります。「ほかの人が手続きしたのかも」という思い込みが生まれます。確認が遅れる原因になります。
中小企業が狙われやすい背景
大企業には、専門のセキュリティ部門があります。一方、中小企業では専任者がいないことも多いです。判断を、現場の担当者がひとりで抱えがちです。
幹部と社員の距離が近い点も利用されます。上からの指示に見せると、断りにくくなります。体制の小ささが、そのまま狙いどころになっています。
詐欺電話・偽メールを見抜くサインとは?
手口を知っても、その場では迷うものです。だから、分かりやすい目印を覚えておきます。警察庁が挙げたサインを、3つに整理しました。1つでも当てはまれば、立ち止まってください。
見慣れない国際番号(+1 800など)からの着信
詐欺の電話は、見慣れない番号から来ることがあります。たとえば「+1 800」で始まる国際番号です。国内の取引銀行が、こうした番号で個別にかけてくるのは不自然です。
着信の番号は、出る前に確認できます。知らない国際番号からの着信は、いったん疑ってください。
自動音声から担当者に切り替わる不自然さ
正規の連絡では、いきなり番号入力を求めません。ところが詐欺では、自動音声で番号を押させます。そのあと肉声に変わります。
この切り替わり自体が、サインです。音声ガイダンスのあとに人が出て、操作を促す流れには注意します。順番を思い出すと、気づきやすくなります。
ソフトのインストールを促す指示
電話やメールで、ソフトの導入を勧められることがあります。「更新のため」「セキュリティのため」という説明が付きます。これが、いちばん危ない指示です。
銀行が、電話越しに遠隔操作ソフトを入れさせることはありません。ソフトを入れてと言われたら、その時点で詐欺を疑ってください。
引っかかってしまう人に共通する心理とは?
だまされるのは、不注意だからではありません。心理の隙を、上手に突かれているのです。ここでは、ねらわれやすい3つの心理を見ます。仕組みを知ると、冷静さを保ちやすくなります。
「銀行からの連絡」という信頼の悪用
人は、銀行の名前を信用します。だから、銀行を名乗られると警戒が緩みます。犯人は、その信頼を最初に利用します。
相手の言葉ではなく、連絡の方法を見ることが大切です。名乗りが本物かどうかは、声では確かめられません。
緊急性や期限で焦らせる手口
「今すぐ手続きを」と言われると、人は焦ります。考える時間が短くなります。落ち着いた判断が、しにくくなります。
急がせる言葉は、それ自体がサインです。急ぐ理由を作ってくる相手には、いったん距離を置きます。焦りは、相手の作戦だと考えてください。
電話とメールの同時進行で考える時間を奪う
ボイスフィッシングでは、電話をしながらメールが届きます。耳と目が、同時にふさがれます。落ち着いて見比べる余裕が、なくなります。
この同時進行が、判断をにぶらせます。通話中に届いたリンクは、その場で開かないでください。電話を切ってから確認すれば、冷静になれます。
被害に遭わないために今すぐできる対策とは?
むずかしい設定は、いりません。基本の3つを守るだけで、多くの被害は防げます。どれも、今日から実行できます。順番に身につけていきましょう。
電話は折り返し、代表番号で本人確認する
不審な電話が来たら、いったん切ります。相手が教えた番号には、かけ直しません。代わりに、銀行の公式サイトに載った代表番号へかけます。
この一手間が、本物かどうかを見分けます。かけ直す番号は、自分で調べたものだけを使ってください。表示された番号は、偽装されている場合があります。
心当たりのないソフトは絶対に入れない
操作中に、ソフトの導入を求められても応じません。「更新」「強化」という言葉が付いても同じです。1つ入れるだけで、パソコンが乗っ取られます。
判断に迷ったら、その場では入れない選択をします。入れる前に止まることが、最大の防御です。あとからでも、公式の窓口で確認できます。
ネットバンキングは公式サイト・公式アプリから開く
ネットバンキングは、メールのリンクから開きません。あらかじめ登録したブックマークを使います。公式アプリからのアクセスも安全です。
リンクは、見た目で真偽を判断できません。入り口を自分で固定しておけば、偽サイトに迷い込みません。
組織として備えるべき仕組みとは?
個人の注意だけでは、限界があります。会社の仕組みで守る発想が必要です。ここでは、組織で整えたい3つの備えを紹介します。日々の運用に組み込んでください。
送金の複数人承認とルールの明文化
送金を、ひとりで完結させない仕組みにします。一定額以上は、複数人の承認を必須にします。担当者が迷ったときの、歯止めになります。
ルールは、口頭ではなく文書に残します。誰が見ても同じ手順で動ける状態にします。新しい担当者にも、引き継ぎやすくなります。
端末・権限の管理と従業員への周知
業務用パソコンに入れるソフトは、管理者が把握します。勝手な導入を、制限する設定も有効です。権限を分けておけば、被害が広がりにくくなります。
あわせて、手口を社内で共有します。同じ手口を全員が知っていれば、1人が気づいて止められます。朝礼やチャットでの共有で十分です。
取引銀行の連絡ルールを事前に確認する
取引のある銀行が、どう連絡してくるかを確認します。自動音声を使うのか、ソフト導入を求めるのかを聞いておきます。平常時に確かめておくのがコツです。
連絡ルールを知っていれば、違いに気づけます。普段と違う連絡は、それだけで警戒の対象になります。判断の基準ができます。
もし被害に遭ってしまったらどうする?
気づいたときに、どう動くかが分かれ目です。早い対応ほど、被害を抑えられます。ここでは、初動の3ステップを整理します。落ち着いて、順番に進めてください。
すぐに銀行へ連絡し送金停止・組戻を依頼する
おかしいと気づいたら、すぐ銀行へ連絡します。送金の停止や、組戻の手続きを依頼します。時間が経つほど、お金は引き出されやすくなります。
連絡先は、公式の代表番号を使います。最初の数分の動きが、取り戻せる額を左右します。
警察・サイバー事案の通報窓口へ相談する
次に、警察へ相談します。最寄りの警察署や、サイバー事案の通報窓口が使えます。被害の状況を、記録とともに伝えます。
通話の番号や時刻を、メモに残しておくと役立ちます。届いたメールも消さずに保存します。あとの捜査や相談の材料になります。
端末を隔離し社内に被害を共有する
遠隔操作ソフトを入れた疑いがあれば、その端末をネットから切り離します。ケーブルを抜くか、通信をオフにします。犯人の操作を、止めるためです。
そのうえで、社内に被害を共有します。同じ電話が、ほかの社員にもかかっている場合があります。早い共有が、二次被害を防ぎます。
よくある質問(FAQ)
最後に、よく寄せられる疑問をまとめます。短い質問と答えで確認できます。気になる項目から読んでも大丈夫です。実務で迷ったときの参考にしてください。
ボイスフィッシングと従来のフィッシングは何が違う?
従来のフィッシングは、メールやSMSが中心です。偽サイトへ誘導し、情報を入力させます。電話は、ほとんど使われません。
ボイスフィッシングは、電話を入り口にします。声で安心させてから、メールへ誘導する点が違います。さらに新型では、遠隔操作ソフトまで加わります。
遠隔操作ソフトを入れてしまったらどうなる?
犯人が、外からパソコンを操作できる状態になります。盗んだIDとパスワードが、その場で使われます。偽画面が表示され、裏で送金が進みます。
気づいたら、すぐ端末をネットから切り離します。通信を断つことが、操作を止める最初の一手です。そのあと銀行と警察へ連絡します。
銀行が自動音声で電話をかけてくることはある?
個別の手続きを、自動音声だけで求めるのは不自然です。番号を押させ、肉声に切り替える流れは、詐欺で多く見られます。本物かどうかは、声では判断できません。
不安なときは、電話を切って折り返します。公式の代表番号にかけ直すだけで確認できます。表示された番号は使いません。
個人口座でも同じ被害に遭う?
今回の警告は、法人口座が中心です。ただし、電話を使う詐欺の考え方は共通します。個人でも、銀行を名乗る電話には注意が必要です。
基本の対策は、法人も個人も同じです。心当たりのないリンクやソフトは開きません。折り返しの確認は、どちらの口座でも有効です。
被害に遭った資金は取り戻せる?
取り戻せるかどうかは、状況とスピードによります。早く銀行へ連絡すれば、送金を止められる場合があります。確実に戻る保証はありません。
だからこそ、初動が大切です。気づいた瞬間に、すぐ動くことが結果を左右します。記録を残し、専門の窓口にも相談します。
まとめ
ボイスフィッシングは、電話とメールを組み合わせた詐欺です。新型では、遠隔操作ソフトで端末ごと乗っ取られます。狙われるのは、中小企業の法人口座です。守るための軸は、3つにしぼれます。折り返しで確認する、ソフトを入れない、公式の入り口から開く。この3つを社内で共有すれば、気づける人が増えます。
被害は、口座の中だけにとどまらないこともあります。盗まれたメールアドレスや電話番号が、別の詐欺に使い回される例も知られています。取引先になりすました送金依頼のメールも、近い手口として警戒されています。だからこそ、連絡先の管理や、社内での情報共有も合わせて見直す価値があります。まずは取引銀行の連絡ルールを確認し、送金の承認手順を文書にすること。今日できるこの一歩から、始めてみてください。
参考文献
- 「巧妙化するボイスフィッシング被害に注意(サイバー警察局便り R8 Vol.6)」- 警察庁
- 「巧妙化する『ボイスフィッシング』被害に注意」- 日本サイバー犯罪対策センター(JC3)
- 「法人口座を狙うボイスフィッシングにご注意!」- 一般社団法人 全国銀行協会
- 「ボイスフィッシングによる法人口座を狙った不正送金被害が再発・急増しています」- 金融庁
- 「電話でメールアドレスを聞き出し、偽サイトへ誘導──『ボイスフィッシング』被害が急増、警察庁が注意呼びかけ」- ITmedia NEWS
- 「北海道銀行を装った詐欺電話(ボイスフィッシング)による法人インターネットバンキング詐欺にご注意ください!」- 北海道銀行